2009年02月09日

一日、一日を一生懸命生きたのでしょうね。

今、外は雨・・・・雨


涙雨・・・・タラーッ


今日の午後は
告別式だった。


子どもが好きだった彼女の
お別れらしく
小さな子どもを抱いた
若いお母さんたちが大勢来ていた。


最後のおわかれ


棺に駆け寄り
その場にいた人たちがみな
花を入れていった。



こんなにたくさんの人が
棺にお別れしに
いくのを見たのは
初めて。


ありがとう、ありがとう


涙声で


最後のお別れ。



乳がんが発見されたのは2年前
そのときにすでに
転移していたとか


それからの日々
何を想い何を見ながら
過ごしていたのだろう。


スケジュールはまだまだ
入っていたとか・・・・。


大きな黒ぶちのめがねをかけて
笑っている彼女しか
思い出せない。



”さようなら原発1000万人アクション”

この記事へのコメント
人の死は、無念です・・

こんなときに、お大師様の・・

無、無、なむあみだぶつ・・

無にはいろいろ、込めて・・

亡くなった人を、悔やみたい・・
Posted by かぴぱら at 2009年02月09日 19:18
かぴぱら さま

そうですね。
ご冥福をお祈りします。
Posted by 自由席自由席 at 2009年02月09日 21:51
自由席さん

お友達のご冥福をお祈り致します

私ごとですが
私の母も53才で天国にいってしました

乳がんが見つかって即入院手術

退院後の検査で
転移もないということで安心していたら

3ヶ月後の検査で転移が見つかり
その半年後に無くなりました

何も出来なかったことが
未だに悔しくてしかたありません

でも、自分も母の年齢を越え
時の流れの早さに驚いています

もっと早期発見できていたら
良かったと思います

本当にがん検診は
定期的に行うことを願います

自由席さんも
健康には十分ご注意ください ♥♡♥
Posted by kiyokiyo at 2009年02月10日 01:51
kiyo さんへ

気をつけたいと思います。
Posted by 自由席自由席 at 2009年02月10日 03:08
自由席さん

私は西尾さんが大好きです。
自由席さんもそうなんですね!
ほんとにファンが多い人でした。

まだ私の心の中で私の心が慌てていて悲鳴が
聞こえてきます。

発狂しそうになります。

目の前にいる幸せな家族に囲まれながら、
今、何が幸せなのかわからなくなりそうです。

西尾さんは周りに頼るもののいない小さいt子を抱えた
ママ達に、いつでもやさしく手を差し伸べてくれました。

つらいことがあったママには足湯をすすめて、広場で実際したり、
体に良い料理を食べさせてくれたり、
家まで来て病気中の私に何かをもってきてくれたり。
気にかかる人には、さりげなくメールをくれたり。

ママ達が元気になることを人一倍喜んでいて、
小さい子はもちろん好きなんだけど、私は若いママ達のことが
またもっと大好きなのよ。と言っていました。

そして、それより好きなのが、たぶん土曜会の子ども達でした。
西尾さんが最後に外で活動したのは、
土曜会でのあん餅雑煮としっぽくうどんの時でした。

その記事の最後のコメント、
西尾さんのメッセージ、私も胸に焼き付けました。
常日頃言っている言葉でした。

こんな会がどの町にもあればいいのに。

社会の先生でもある西尾さんらしい生き方でした。
Posted by mi-yuu-ki at 2009年02月10日 23:43
mi-yuu-ki さんへ


西尾さんは、mi-yuu-kiさんに
より近くなったんたんじゃないかな。

いつでも
ついていてくれると思います。
Posted by 自由席 at 2009年02月11日 05:08
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一日、一日を一生懸命生きたのでしょうね。
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