2011年05月18日
2011年05月18日
いたる所に花、花、花
水をはったかめに
花びらを美しく浮かべて
そんなのがホテルの庭園のいたるところに
色の組み合わせがとってもキレイ
緑の樹木の間に
コテージのような
ホテルの客室
それぞれ一軒家みたい
2011年05月18日
ソニアスガーデンで3泊
フィリピンでの息子の結婚式では
5泊6日の旅だったが
(期間は4月28日~5月3日)
行きと帰りはソウルのホテル
そして、間の3泊は
ずっとソニアスガーデンに
滞在した。
とにかく
ここのホテルがすばらしくて
贅沢な時間を過ごさせてもらった。
海外旅行も
生まれて2度目なので
いろんな旅行を経験されている方には
どうってことないかも
知れないが
ホテルといえばビジネスホテル
という私には
ぜいたくぅぅぅ~~
だった。
ソニアスガーデンについては → こちら
2011年05月17日
テーマカラーは、オレンジとグリーン
息子の結婚式のテーマカラーは
オレンジとグリーン
向こうでは、テーマカラーというのが
あって、二人でオレンジとグリーンを選んで
ブライダルメイドという
花嫁をサポートするお嬢さんたちも
オレンジとグリーンのドレスで
この式のためにオーダー
子どもたちもやはり
テーマカラーを生かした
着物をつくってもらって
女の子は日本風の髪型
男は袴といういでたち
これは、彼女の甥っこちゃん
なかなか似合っている。
ジャパンテイストは
彼女のこだわり。。。。
2011年05月17日
お母さんのスピーチ
彼女のお母さんのスピーチを
二人が聞いているところ
彼女は下に5人の弟がいる。
女の子は彼女一人
うちの息子と結婚したいと
聞いたとき
お母さんはどんな気持ちだっただろう
小さい頃から
飛び級をしたり
頭のいい子だったらしいので
きっと自慢のお嬢さんだったのだろう。
遠い日本
戦争中の日本人のイメージも年配の方には
あるらしいし、反対する親戚もいたとか
そりゃそうだろう
日本国内でも地域が違うとなんだかんだということは
ある。
加えて、3月の東日本大震災に
原発事故
これからもいろんなことがあるだろう
まだ、彼女とは
うちとけるほど英語でコミュニケーションも
できないけど
一生懸命しあわせであり続けられるよう
サポートしたい。
お母さんは、スピーチの順番の時に
感極まったのか
いなくなっていたが、しばらくして
登場
英語ではなく地元の言葉で
スピーチされた。
やっぱり遠い日本へ
嫁にやるのは
母親にとってつらいよね。。。。。
2011年05月17日
パーティ会場へ
教会での式が終わると
パーティ会場へ
時間はもう夕方で
会場はライトでムーディな感じ
生のバンドとプロの歌手、よくしゃべるMCの
お姉さまが入って
会場にはスクリーンがあって
なんとさっきまで
撮影していた
映像が次々と編集されて映し出され
おお受け。
やらせの出会いシーンやら、キスシーン
パイナップル畑を遠くにした高原でのシーン
教会でのシーン、列席者のアップシーン
上出来!
ご当人たちはさながらスター気分
(私たちはこの映像のためのエキストラか)
日本だと、普通は二人の生い立ちをたどる
小さいころからの写真を次々と写しだすくらいなんだけど
会場には、なにやら映像の機器を操作しているスタッフが
何人かいて、音楽もあわせやっている。
♪♪ 愛で死ぬならキスで殺して・・・・♪♪
なんてアンジェラ・アキの歌がバックに
ラテン系の彼女らしい情熱的な歌
一度カラオケにいっしょに行ったときに
そういえばこの歌を歌っていた。
めちゃうまいので
彼女自身が歌っているのかと思いきや
やはりアンジェラ・アキだった。
盛り上げるなぁ~
2011年05月16日
教会での式典
ロケのような写真撮影が終わり
今度は教会へ移動
なに教会かこれまた
名前が覚えられないので聞きもしない
花嫁のご家族やら会社関係のかたやらそしてお友達やら
参列者が全員教会へ
カトリック教会なんだよね。
これが。
にわか信者のように
周辺をあやしい目線で追いながら
まねをする。
日本でも周囲をうかがいながら
まねをすることが多いけど
流れはわかっているから
そんなに緊張はしない。
なんせ、花婿の両親というのは
花嫁の両親と最前列の左右に分かれて
座る。
列席者はずっと
学校形式のように並んでいるので
ちょっと席が違う。
対面の彼女のご両親は敬虔なカトリック教徒の
ようなのでチラ見で
ひざまづいたり、立ち上がったり
祈ったり・・・・・
それにしても
神父様もブライダルに慣れていらっしゃるのか
花嫁に「あなたの夫がワイシャツに口紅をつけて帰宅したらどうしますか?」
なんてざっくばらんな質問をしていた。。。ようだ。
とりあえず、受けてあげないと。。。。。
そして、ここでも撮影クルーが
いたるところに
なので、あんまり写真を撮ってない。
2011年05月16日
まるでロケ
ウエディングドレスの花嫁を
何台ものカメラが追う。
まるで映画のロケじゃん。
撮影スタッフが7.8人はいただろうか。
広い広いなんていうところか、これも聞いていないが
連れて行かれるままにホテルからでて
披露宴会場がある
なんだろね。
どうせ聞いてもすぐ忘れるし、何度も聞くのも面倒だし。。。。。
すごい庭園がひろがる美しい場所
ただ、こちらは
とっても高いヒールのサンダルを無理して履いていたので
クツが苦痛で(はよ、どこかで休みたい)
ていうか、
写真撮影が終わると今度は式のために
なんやらという教会へまたまた移動
ま、日本でも式とは別の日に
前撮りとか前写しとか
花嫁衣裳をつけてやるし、
プロのカメラマンにロケのように
してもらうのも流行っているらしいので
そんなもんか。。。。。
2011年05月16日
朝からプロのメイク
結婚式の様子はビデオで
準備のところから撮影するからとは言われていた。
出席者は70名くらいで
なんとなんやらかんやらでスタッフが55名にもなったとか。
花嫁にヘアメイクやらメイクさんが付くのは
当然なんだけど
美容院とかへも行けないので
私たちもホテルの部屋でしてもらうことに。
さすがプロ
手早くパッパと
していく。
行く前はネットでなんか現地で頼むと
オバピになるから
自分でした方がいいと書かれていたのが
あったのでちょっと迷っていたが
すてきなメイクさんだったので
即、お願い
毛穴なんてまったくかき消し
つけまつげも
ちゃっちゃっと
つけてくれて目力全開!
花婿の息子も
ファンデーションを塗られて
ヘアもなんとなく
ワックスをつけてなでつけて
しかし、暑いので汗びっしょり
2011年05月16日
マニラ郊外のタガイタイへ-そして
高松からは、高速バスで
関空へ行き、ソウル経由でマニラに
28日の午後に家を出て高速バスで関空に
夜の8時ごろ関空を発ち、深夜にソウル着
ソウルで泊まり、翌朝ソウルを発ち
お昼ごろマニラに到着
マニラでは、息子と彼女が運転手つきのレンタカーでお迎えに来てくれていたので
荷物を積み込み、マニラ郊外の
ちょっと高いところにあるすずしいリゾート地の
タガイタイというところへ
まったく騒がしいマニラ市内から
離れると景色がぐっと変わってくる。
結構な距離を走ったと思う。
長旅で疲れていたし、どこをどう走っているのか
なにも分からず。
彼女はダバオという町の出身でご両親も
結婚式のために
彼女の弟さんらといっしょに
マニラに来ていた。
ホテルについたときには
もう日が暮れていた。
その夜は
両親同士の対面という特別な
時だったので、同行のみんなとは別に素敵なレストランへ
いろいろ美味しいお料理をいただいたけど
どんなものを食べたかというと
???
それに何を話したやら覚えていない。
ご両親の愛称が、ベニーとリリーというくらい。
そうそう年齢の話もした。
彼女のお父さんベニーと私が同じ年だった。
2011年05月15日
息子の結婚式
昨年、夏だったか
急に息子からメールが来て
結婚を考えていると
彼女の紹介文と写真がついていたが
よく理解できなくて
ん?
え?
どこの国の人?
フィリピン人の彼女だったわけ。
以前息子の会社では、インドやら東南アジアの方と仕事をすることが
あるとは、聞いていたが。
まさか、国際結婚するとは。
そして、9月の秋分の日の連休に
彼女が初めて我が家へ
といっても
どうしていいやら
なんせ日本語がまったく話せない。
息子を通じてなんとか意思疎通
あれから7カ月
彼女がずいぶんがんばって
色々手配してくれて
フィリピンでの結婚式となった。
夫と娘とそれと兄嫁(英語が堪能)で
フィリピンへ
ソウル経由でマニラ
普通に旅行なら
ワーイというところだけど
息子の結婚式だし、
先方のご両親にも初対面だし(写真はみせてもらっていた)
夫は結婚式の最後に
花婿の父として英語でスピーチをしなくては
ならないので緊張しているし。
どんな流れになるやら言われるがままに
するしかない。
2011年05月14日
チャリンコでお出かけ
今日は、朝から錦町の市男女共同参画センターへ、運営をしているたかまつ男女共同参画ネットの総会に出席。
事情があって車が使えないので、チャリンコでまちへ。
とにもかくにも、いつからチャリンコに乗ってないのか、乗り方も忘れてしまったかのような。
先週の土曜日にチャリンコを自転車屋さんに頼んで整備してもらった。
全く乗っていなかったのになんとチューブがいかれていて、取り替えとなった。
その次の月曜日に多肥のコミセンまで夜に交母の会総会に出席のためにチャリンコでGO!
乗る時も降りる時もぎこちない。
なんせ、足がちゃんと届かない。
ブレーキのかけ方もいまいち。
ま、少しづつ少しづつ馴らしていこう。
車依存体質からぬけていきたい。
事情があって車が使えないので、チャリンコでまちへ。
とにもかくにも、いつからチャリンコに乗ってないのか、乗り方も忘れてしまったかのような。
先週の土曜日にチャリンコを自転車屋さんに頼んで整備してもらった。
全く乗っていなかったのになんとチューブがいかれていて、取り替えとなった。
その次の月曜日に多肥のコミセンまで夜に交母の会総会に出席のためにチャリンコでGO!
乗る時も降りる時もぎこちない。
なんせ、足がちゃんと届かない。
ブレーキのかけ方もいまいち。
ま、少しづつ少しづつ馴らしていこう。
車依存体質からぬけていきたい。
2011年05月08日
2011年05月08日
2011年05月06日
2011年04月27日
2011年04月21日
茉莉華にて菜の花のアイス

茉莉華で
なんと菜の花のアイスを
ご馳走になりました。
オッティモさんの
アイスとか
やさしい緑色の
口に入れると
ホンマに緑色の野菜の味
ミルク溶け合って
美味しい!
の連発
2011年04月15日
2011年04月11日
広島へ
昨日は、高速バスで広島へ
とってもいいお天気でどこも桜が満開
2009年に原爆の子の記念像のモデルとなった
佐々木禎子ちゃんを描いた「千羽づる」の映画の上映会をしたが
その時に作った千羽鶴を
やっとヒロシマへ持っていくことに。
やっと
2011年03月13日
尾木ママ節炸裂!
尾木直樹講演会へ午後から出かける。新しい教育のあり方を考えるつどい
「子どもの心と大人の愛」NPO法人四国ブロックフリースクール研究会主催のこの講演会、おもしろくて笑える講演会だった。
最初は、地震の様子、尾木ママと呼ばれるようになったのはさんまさんが呼んだからとか。テレビ番組でひっぱりだこの先生らしく芸能ネタで笑わせる。
うまいね。そして本題。
これからの日本の教育は、あり方は、著書に書いてあるので、てなわけで最後は著書の紹介と、握手会。
なかでも印象に残ったのは、就活で企業が求めているのは外国から来た留学生で、パナソニックなどは新卒採用の8割を占めているとか。
この10年で日本の教育はグローバル化から大きく取り残されてしまった。
これはなんともショッキング!
「子どもの心と大人の愛」NPO法人四国ブロックフリースクール研究会主催のこの講演会、おもしろくて笑える講演会だった。
最初は、地震の様子、尾木ママと呼ばれるようになったのはさんまさんが呼んだからとか。テレビ番組でひっぱりだこの先生らしく芸能ネタで笑わせる。
うまいね。そして本題。
これからの日本の教育は、あり方は、著書に書いてあるので、てなわけで最後は著書の紹介と、握手会。
なかでも印象に残ったのは、就活で企業が求めているのは外国から来た留学生で、パナソニックなどは新卒採用の8割を占めているとか。
この10年で日本の教育はグローバル化から大きく取り残されてしまった。
これはなんともショッキング!